ブログ論議に乗っかってみる
シナプスの連鎖(from FPN)が発生して面白いから、参加。
ITMedia「Blogで目指すべき「つながる」ことの意味」
オリジナリティのないBlogはすぐにでも陳腐化していく。Blogで重要なのは情報を発信することよりも、Blogの読者と「つながる」ことである。いま個人に留まらず企業でも注目されているBlogは、その特性と使い方を十分に加味して取り組むべき「マイメディア」なのだ。↓
Modern Syntax:Blogで目指すべき「つながる」ことの意味
「何の為にブログを書くのか?」とか「ブログを通じて自分は何を得ようとしているのか?」と自問自答することで、「今後目指すものは自ずと見えてくるであろう。」と締めくくっていますが、糞することで何が得られて何かを目指すことができるもんなら教えて欲しいです。私の場合はポジティブな排泄行為でしかないんで。↓
日本全国・見たいもんはみたいぞの回:君はBlogをはじめたときに目的なんかもっていたか?
↓つまり、目的もなくやっている層はかなりおかしいんだと思うんですね。
ただ、そういう人々のおかげでブログの裾野が広がり、おかしくない人たちもブログをはじめるようになった。そういうところでは、やはり目的設定をしてあげて、ゴールを想像して、達成感を満たしてあげることが重要になるわけです。
(文中一部略)
日々いろんなブログを見ていると,多くのブロガーがブログブームの頭打ちを示唆するエントリーをあげています.僕もブログブームは峠を越え,あとは下降の一途をたどるのではないかと思っているブロガーの1人なんですが,国の試算ではどうやらそうでもないようです.↓
29man the radical dubber:つながっていきましょう
ITMedia のコラム執筆者ご本人の意見。多方面のツッコミを補足紹介してます。
「糞することで何が得られて何かを目指すことができるもんなら教えて欲しいです。」「目的設定をしてあげて、ゴールを想像して、達成感を満たしてあげることが重要になるわけです。」
何を目指すか、そして何に対する達成感か?を考えると、自分の場合は「命の存在証明」に繋がっていく。私はこんなことを考えながら今を生きていますよ。社会的自己主張。
あるいは「ここにいました。忘れないでください。」って行為かなぁ。
ぶっちゃけ、私がブログを始めた理由なんて他人頼みです。
街の灯で書いたニュース記事を、過去ログの形で残しているのを知らなかった頃に「自分が書いたものを残しておこうかな」というのが一番の目的でした。
だから過去ログの所在がわかった時点から、ニュース記事をブログに再掲載するのを止めました。
そしてアフィリエイトに腰を据えた記事は、をかしや へ分離。
すると人格の私的な部分が、このブログに色濃く残るようになりました。
書きたい時に書くチェリオメアリーは、多分婆さんになっても止めないと思う。
止める理由が見あたらないから、止めません。私が死んだら止まります。
今は、これ以上のことは判断が及びません。
更新意欲の理由を命から見出そうとする行為の背景には、友人が去年ガンで亡くなった体験があります。彼女もブログを運営してたので、お互いのブログで日常の様子を交信してました。当然病気に関する日記のようなものもあって、最後に「もっと体力つけなくちゃ」の言葉を残して逝ってしまいました。
友人が残した言葉をぼんやり眺めてると、まだネットの向こう側で生きてるような気がするんです。元気な時に書いた文章がサーバーに残ってます。「死んじゃったなんて冗談だったんでしょ」と考えてしまいそうな自分がいます。
ブログ≒日記≒人生の記録。
だからブログ執筆の目的とか、陳腐とか斬新、流行等といった他人が理解できる指標はどうでもいいです。
私は自分のことを大事に表現できる場所として、ブログとブログツールを使うことに決めましたよ。あなたはどうですか?
と、書いておくと盛り上がるかもしれませんよ フォゥーーーーーー!!
追記。泥酔ブログな文章を読み返した。命、命ってうざったいので一部修正。w 大意は変わってない。
Posted at 2005/05/19 (Thu) 02:13 in 雑談 | WriteBacks (2)

